今回は丸谷康平、新井智之、藤井博曉が特集:運動器の健康と栄養で掲載されていたものをまとめさせていただきました。
はじめに
加齢に伴い骨格筋量は減少し、筋力や歩行速度などの身体機能の低下もきたす。
このような加齢に伴う身体機能ならびに筋肉量が減少した状態をサルコペニアとして1989年にRosenbergが提唱した。
サルコペニアは筋肉を主とした病態であるため、身体活動のほか、栄養状態についても大きな関係を持つ。
サルコペニア(Sarcopenia)とは
ギリシャ語で「Sarx(筋肉)」と「Penia(減少)」を意味する単語を組み合わせた造語である。
当初は加齢に伴い筋肉量が減少した状態を指すものであったが、近年では筋肉量のみならず身体機能や筋力も低下した状態を指すようになった。
診断基準
2010年にEuropean Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP)により発表され、その後アジア基準(Asia Working Group for Sarcopenia;AWGS)においても2014年に報告された。
EWGSOPではサルコペニアを段階づけて紹介しており、筋肉量のみが低下している状態を「プレサルコペニア」、筋肉量の減少に加え筋力または身体機能が低下した状態を「サルコペニア」、筋肉量・筋力・身体機能のすべてが低下した状態を「重症サルコペニア」と定義している。
2016年にはICD-10に疾病登録され、日本では2017年にサルコペニア診療ガイドラインが発刊された。
サルコペニアには一次性と二次性の要因によっても分類できる。
一次性のサルコペニアは、加齢以外の要因がないものを指す。
二次性サルコペニアは、身体活動量低下(廃用)の要因や、疾患による要因ならびに、栄養不良による要因がある。
サルコペニアの有病率は地域在住高齢者では7.5~8.2%と報告されている。対象の属性によって異なる。施設入所高齢者では14~33%、回復期・リハビリテーション病棟などの障害を有する者が多い場合には78%がサルコペニアに該当するとの報告がある。
高齢者の特徴
1.筋の加齢的変化とサルコペニア
加齢に伴い筋肉量及び筋力は低下することが知られ、その影響は下肢に大きいと報告されている。年齢ごとにに直線的に運動機能が低下し、75歳以上および85歳以上となるとその傾きが大きくなると報告されている。
筋肉量が低下する主な要因として、一次的な加齢に伴う要因と二次的な廃用性の要因が考えられる。
しかしこの両筋線維は単独で萎縮が生じることは少なく併存することが多い。
さらに疾病や栄養不良が加わることで、筋肉量の減少に拍車がかかる。
2.高齢者の栄養の特徴
- 毎日同じような食事をする
- 1日および1回の食事摂取量が少なく、欠食することがある
- 今まで慣れ親しんだ食物嗜好や食習慣に摂食が左右される
- 慢性疾患・薬物服用・咀嚼・嚥下障害などにより
- 食欲低下をきたしてることがしばしばあるといわれている
よく高齢者に見られる栄養不足はタンパクエネルギー栄養不足(protein energy malnutrition;PEM)である。
protein energy malnutrition;PEMとは、総摂取エネルギー量に加え、タンパク質摂取量が慢性的に低下している栄養不良状態。
↓
生体内における筋の異化作用を亢進させる。
エネルギー不足はタンパク質利用効率を低下させる。
筋タンパク質合成の低下を招き筋萎縮に拍車をかける。
3.整形外科疾患とサルコペニア
人工股関節全置換術および大腿骨頚部骨折ではサルコペニア有病者が多かったと報告されている。
また、骨粗鬆症と関連すると多数報告されている。骨粗鬆症の有病率24.9%のうち18.9%がサルコペニアを合併し、サルコペニア有病者8.2%のうち57.3%が骨粗鬆症を合併していたと報告している。
サルコペニアは転倒や骨折リスクが高いことも報告され、治療成績や予後にも影響する。
飯田ら:男性骨粗鬆症性椎体骨折の治療成績において、サルコペニアを有する者は退院時のJOAスコアやBarthel Indexがともに低かった。
Landiら:大腿骨近位部骨折の入院患者において、サルコペニア有病者は非有病者よりも3倍不完全な機能回復を示し、Barthel Indexの点数も低かった。
また、高齢者は糖尿病や動脈硬化などのメタボリックな疾患も合併していることが多い。
サルコペニア肥満
サルコペニアは痩せの状態のみに限らず、肥満およびBMIが標準域内であっても、患っていることがある。サルコペニア肥満に確立された定義はないが、SMIの減少とBMIまたは体脂肪率またはウエスト周囲長の増加で操作的に定義される。しかしサルコペニア肥満では骨格筋量の減少と体脂肪の増加が合わさった状態であるため、体組成での評価が必要であると考えられる。
サルコペニアへの介入
1.運動介入
筋骨格の機能低下を示すサルコペニアの介入においては、第一に運動であると考える。
高齢者に80%(maximal voluntary contraction;MVC)の強度で筋力トレーニングを実施することで筋肥大の効果が得られると報告されている。
しかし、高齢者に対する高強度の運動は高血圧などのリスクを招くため、筋発揮張力維持スロー法(LST法/通称スロートレーニング)が効果的であると考える。
この方法は筋収縮に伴う筋内圧の上昇と筋血流の低下を利用し、筋肥大を引き起こすための成長ホルモンなどのホルモン分泌の活性化を狙っている運動である。
しかし、サルコペニア高齢者に対して運動介入した報告は少ないのが現状である。
2.栄養介入
サルコペニアの介入において栄養補充は重要であり、特に筋肉の材料となるタンパク質(必須アミノ酸)の摂取が重要である。
4週間ベッド上安静を行った対象者に必須アミノ酸を配合したの食事を提供することで筋萎縮を防ぐことができたと報告がある。
また、高齢者に必須アミノ酸の補充を4ヶ月間、1日2回食間に与える介入試験を実施した研究では、除脂肪体重や筋力、歩行速度の改善に有効な結果が得られたと報告している。
さらにビタミンDも重要である。血中のビタミンD濃度が低下すると、身体機能の低下をきたすことが知られている。
萩野らは、活性型ビタミンD3製剤が運動機能の向上を示したと報告しており、ビタミンD服用量が高い場合に転倒リスクが抑制されたとメタ解析もある。
3.運動+栄養療法(併用療法)
筋肉は常に代謝しており、合成と分解(異化)を繰り返している。レジスタンストレーニングなどの運動を実施した場合には、筋タンパク質合成を刺激するが、同時に筋タンパク質分解も引き起こすため、骨格筋タンパク質代謝のネットバランスはマイナスになると報告されている。
運動に加えてアミノ酸を与えた場合には、さらに筋タンパク質合成が刺激され、分解は抑制の方向に働くため、強い筋タンパク質の同化作用を引き起こす。
Kimらは3か月間運動教室およびタンパク質を補充した栄養療法を実施し、それぞれ単独介入群および対象群よりも、併用群において下肢筋肉量および身体機能の有意な向上がみられた。
Yoshiiらは筋力トレーニングによる筋肥大効果は食事中の必須アミノ酸量と有意な相関を示し、特に朝食での必須アミノ酸が不足している場合、筋肥大効果に悪影響となると報告している。
そのため運動療法と栄養療法の併用療法は、筋肉量及び筋力・身体機能の改善に有用であると考える。
おわりに
サルコペニアは筋肉量および筋力・身体機能の低下をきたし、種々の疾患のリスク因子となる。
さらに疾病の罹患および傷害受傷に至った場合の生命的・機能的な予後を不良にする。
そのため、サルコペニアに陥る前の一次予防をはじめ、早期発見・早期介入の二次予防をはじめ、重度化予防の三次予防といった予防的な関わりが重要である。
しかし、サルコペニアの改善や予防に向けた運動+栄養介入による相加的効果は観察されるエビデンスはまだ乏しく、診療ガイドラインにおいてもエビデンス不足により推奨レベルが低い。