リード文

膝蓋骨の滑走が悪い。だから膝蓋骨モビライゼーションを行う。

この判断は早すぎます。

膝蓋骨が動きにくく感じる背景には、関節水腫、疼痛、防御性収縮、皮膚・皮下組織、術創や外傷後の瘢痕、内外側膝蓋支帯、膝蓋腱、膝関節角度などが関係します。

「動かない」という触診所見を、どの層の、どの方向の問題かへ分解する必要があります。

膝蓋骨は膝屈伸に伴って移動する

膝蓋骨は、大腿骨滑車上を膝関節運動に伴って移動します。膝伸展方向では相対的に頭側へ、膝屈曲方向では尾側へ移動します。内外側の傾きや回旋も伴います。

完全伸展付近では膝蓋骨が滑車溝から近位側へ位置し、屈曲に伴って滑車溝へ進入します。

したがって、膝蓋骨可動性は検査する膝角度によって変わります。左右差を比べる場合は角度と大腿四頭筋の緊張をそろえます。

可動性低下を6つに分ける

膝蓋骨可動性を皮膚・瘢痕・支帯・腱・関節へ分けた図
膝蓋骨可動性を皮膚・瘢痕・支帯・腱・関節へ分けた図。図は理解補助のための簡略図です。

1. 関節水腫

関節水腫があると膝蓋骨周囲の張力と浮遊感が変化し、触診上の動きも変わります。水腫が多い状態で強く押し込むと症状を増やすことがあります。

2. 疼痛と防御性収縮

触れられる不安や疼痛によって大腿四頭筋が収縮すると、膝蓋骨は近位方向へ引かれ、可動性が低下したように感じます。

検査前に呼吸、肢位、説明を整え、筋緊張が抜けているか確認します。

3. 皮膚・皮下組織

皮膚切開、外傷、腫脹後では、皮膚と皮下組織の滑走が低下することがあります。膝蓋骨そのものを動かす前に、表層組織がどの方向へ動くかを確認します。

4. 瘢痕

術創や外傷後瘢痕は、長さ、幅、深さ、成熟度、周囲組織との癒着が異なります。瘢痕が膝蓋骨、支帯、膝蓋腱周囲と連続して動きにくい場合、自動運動時の皮膚牽引感や疼痛へ関与し得ます。

治癒していない創部、感染兆候、強い炎症がある時期に積極的な操作は行いません。

5. 内外側膝蓋支帯

内側・外側膝蓋支帯を含む周囲軟部組織は、膝蓋骨の安定と誘導に関与します。一方向の滑走制限があっても、どの組織が原因かを触診だけで確定することは困難です。

内側膝蓋大腿靭帯は内側膝蓋支帯に含まれる主要な靭帯成分の一つであり、両者は同義ではありません。内側支持組織を評価するときは、広い支帯組織と特定の靭帯を区別して記載します。

可動性、圧痛、膝屈伸時の追従、症状が出る方向を組み合わせます。

6. 膝蓋腱と伸展機構

膝蓋骨下極から脛骨粗面へ続く膝蓋腱は、膝蓋骨の尾側方向の力伝達に関わります。膝蓋腱周囲の疼痛、肥厚、癒着、治癒過程は、膝蓋骨運動と自動伸展へ影響し得ます。

「硬い」の判定は左右差だけでは足りない

健側も膝蓋骨可動性が小さい人はいます。反対に、患側が大きく動いても症状があることがあります。

評価では、

  • 左右差
  • 頭尾側・内外側の方向差
  • 痛み
  • エンドフィール
  • 水腫
  • 膝角度
  • 大腿四頭筋の緊張
  • 皮膚・瘢痕の滑走
  • 自動運動時の追従

を確認します。

可動性の量だけでなく、主訴と関係しているかが重要です。

層別に触診する順序

  1. 視診:腫脹、発赤、創部、瘢痕
  2. 皮膚:つまみ上げ、各方向への滑走
  3. 皮下組織・瘢痕:周囲との連続性
  4. 膝蓋骨:頭尾側・内外側滑走
  5. 膝蓋腱:圧痛、周囲滑走
  6. 自動運動:膝蓋骨と表層組織の動き
  7. 主訴動作:立ち上がり、歩行、階段

一つの層に介入した後、同じ自動運動と主訴動作へ戻ります。

修正テストの使い方

軽い皮膚・瘢痕の誘導、膝蓋骨への方向づけ、テーピングなどで症状が変化することがあります。

変化があれば、その方向の関与を支持する材料になります。ただし、即時変化は感覚入力、安心感、運動学習でも生じます。組織が伸びた、癒着が剥がれたと断定しません。

修正テストで確認するのは、

  • 痛みの位置と強度
  • 自動伸展ラグ
  • 膝屈曲角度
  • 立ち上がり
  • ステップダウン
  • 患者が感じるつっぱり

です。

介入は組織の治癒段階に合わせる

炎症・創傷治癒が優先される時期

創部保護、感染兆候の確認、水腫と疼痛の管理、許可範囲内の運動を優先します。

創部閉鎖後で滑走低下が問題となる時期

皮膚・瘢痕の穏やかな滑走、膝蓋骨運動、自動運動を組み合わせます。強さは組織反応を見て調整します。

機能課題へ移行する時期

改善した滑走を、自動伸展、スクワット、ステップ、階段へ統合します。徒手介入だけで終了しません。

モビライゼーションの量を目的にしない

膝蓋骨が大きく動くようになっても、疼痛、ラグ、階段機能が変わらなければ、主訴への関与は限定的かもしれません。

逆に、可動性の変化が小さくても、皮膚牽引感や自動運動が改善することがあります。

目標は可動性を増やすこと自体ではなく、必要な運動で組織間の滑走と力伝達を確保することです。

再評価で確認する項目

  • 水腫
  • 創部・瘢痕の状態
  • 皮膚滑走
  • 膝蓋骨の方向別可動性
  • 自動膝伸展
  • 自動膝屈曲
  • 疼痛部位
  • つっぱり感
  • 立ち上がり・階段
  • 介入後と翌日の反応

症例記録の書き方

膝蓋骨尾側滑走の低下を認めたが、同時に膝蓋骨下極周囲の瘢痕と皮膚の頭尾側滑走低下を認めた。膝蓋骨関節運動単独ではなく、表層組織と伸展機構周囲の滑走低下が膝屈曲時のつっぱり感へ関与すると仮説を立てた。皮膚・瘢痕誘導前後で膝屈曲と階段降段時症状を再評価する。

まとめ

膝蓋骨が動きにくいとき、すぐに関節だけを操作しません。

  1. 水腫と疼痛を確認する
  2. 大腿四頭筋の防御性収縮を除く
  3. 皮膚・皮下組織・瘢痕を評価する
  4. 支帯・膝蓋腱・膝蓋骨運動を分ける
  5. 修正前後で自動運動と主訴動作を比較する
  6. 治癒段階と翌日の反応を優先する

次回は、筋力や動作の左右差が小さくなっても、それだけで回復と判断できない理由を扱います。

参考資料

  • Neumann DA. Kinesiology of the Musculoskeletal System.
  • Magee DJ. Orthopedic Physical Assessment.
  • Dragoo JL, Johnson C, McConnell J. Evaluation and treatment of disorders of the infrapatellar fat pad. Sports Med. 2012. PubMed
  • Willy RW, et al. Patellofemoral Pain. J Orthop Sports Phys Ther. 2019. PubMed

本記事は理学療法士・理学療法学生向けの教育情報です。創部の発赤、熱感、滲出液、離開、急な疼痛増加がある場合は、瘢痕や膝蓋骨への積極的介入より医学的確認を優先してください。

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ABOUT ME
Goyasu
後藤靖昇(Goyasu)。理学療法士・整形外科専門。2017年より臨床に従事し、膝関節・腰椎・肩関節を中心とした運動器リハビリテーションを専門とする。【資格】日本疼痛リハビリテーション協会マスター/NASM-PES(米国認定パフォーマンス向上スペシャリスト)/理学療法士協会認定管理者研修上級/心理カウンセリング1級・コーチング1級/剣道三段。【役職】愛知県理学療法学会理事(令和7・8年度)。エビデンスに基づく臨床思考と、患者個別の文脈を重視した介入を実践している。